第43話 帝王学
第43話
帝王学
8月12日(金)。ホークスは札幌ドームで日本ハムと対戦した。同点の3回にズレータが3ラン。5回には鳥越が巧打し、加点。小刻みな継投で日本ハムの反撃をかわし、4時間を越える長い試合を制した。3連勝。貯金は38に。
8月13日(土)。杉内は8回2失点の好投をしたが、打線の援護がなかった。「(日ハム)入来が見たことない投球を見せたね」(王監督)
8月14日(日)。新垣が好投。この日はコントロールがよかった。5月20日の阪神戦から3ヶ月ぶりの白星を上げた。「力まないで投げたのが良かった」(王監督)
8月15日(月)。60回目の終戦記念日を迎えた。
孫は言う。「もし、(私が)政治家であったなら、4つの数字を明確にいたします」
1つ目は日本のGDP(国内総生産)。2つ目は日本の税収、3つ目は日本の国家予算。これらの数字を30年後、50年後にどうしたいか。
「政治家は30年後、50年後、さらには100年後の日本をどうしたいのかを語るべきです」
いま500兆円のGDPが今後30年間成長し続けると、日本のGDPはどうなるか。成長率1%で約700兆円、2%で約900兆円、3%で約1200兆円。
「何%の成長率でどこまでいきたいかという大きな志を、まず天下国家の志を持つべきだと思う」
ちなみに中国のGDPは約160兆円だが、このまま8・5%の成長率を続けると、14年で日本のGDPを抜くことになる。電話回線数でいえば、現在日本が約6000万回線、中国が約2億回線。携帯も日本が約8000万台、中国は約3億台。電話ではすでに日本は中国に抜かれている。
4番目の重要な数字として孫は、人口を上げている。現在、出生率は約1・2で過去最低。「人口を保つには2・1必要です。大変な状況です。人口が半分になってしまうということですからね」。
母親が子どもを産みたいような国家にするというのは大変に重要だ。そのためには何をどうすればいいか。
中国には帝王学というのがあるが、その要訣を孫はこう説く。
「大風呂敷を広げよ。天下国家を語り、志を持ち、天下国家百年、2百年、3百年の大計を立て、その決起文を書け」
いかに天下国家が乱れているか。革命を起こして、何百万もの国民に涙を流させる決起文を書けるか。
孫は言う。「鳥肌が立つような感動を人々に提供しなければいけない。命も惜しくないという人を何人集められるかで、世の中が変わる。そういう帝王学を日本の政治家にこそ広めていかねばならないと思う」
9月11日(日)には衆議院選挙が行われる。
(文中敬称略)
第42話 ゆるぎない自信
第42話
ゆるぎない自信
8月9日(火)。宿敵西武との対戦。初回で、いきなりホークスは松中の38号3ランなど6安打で6点を先取した。6回には「たっぷり休養をとった」ズレータが31号3ランで3点。試合を決めた。開幕以来、負けなしの斉藤は7回を7安打3失点で12連勝。「松中は難しい球をよく打ったね。初回の集中打が効いた。夢じゃないかと思ったよ」。王監督も上機嫌。斉藤は球団開幕12連勝のタイ記録。「ここまでいったら新記録を作ってほしいね」(王監督)。「城島が守らなくても3勝1敗はまあまあだね」。
王監督は翌日の西武戦についても語った。「西武には3つ負け越しているからね、それをなんとか1つにしたい。あまり意識をしすぎてもいけないが、気持ちで負けてはいけない」。王監督のいう気力だ。ロッテとのゲーム差は5。「完全優勝をしてプレーオフ。そして日本一」。王監督の自信はゆるぎない。
8月10日(水)。ソフトバンクの平成18年3月期第1四半期決算説明会が行われた。「5年ぶりにトンネルを抜けそうだ」。冒頭、孫正義はそう挨拶した。連結営業損益は5年ぶりに黒字回復になった。売上高は2586億円で前年同期比75・6%増。ソフトバンク・インベストメントのイー・ファイナンス事業が連結からはずれたが、日本テレコム買収で固定通信事業の売上げが加わった。営業損益は31億円の赤字だったが、インフラ事業で着実にユーザー数が伸びて損益分岐点を超えたため、6月では単月で黒字化した。
「損益分岐点を超えたので、ここから急激に利益が拡大していく。四半期ベースでは、この7月から8月は確実に営業黒字になるだろう。通期では数百億円単位の営業黒字になるのではないか」。通期の最終損益黒字化についても言及した。「現時点では、はっきりしたことは言えないが、強気にはなってきた」。投資回復期に入ったことは間違いない。
その夜。ホークスは西武・松坂を打ち崩して対2連勝。城島に代わって守る的場の活躍が目立った。70勝一番乗り。2位ロッテとのゲーム差は6に広がった。貯金は37に。「ゴールが見えてきたから。残り試合とか、ゲーム差とか」(王監督)。残り試合は32だ。
8月11日(木)。孫の48歳の誕生日。「黒字回復」「いまは無茶をしない」。来るべき決戦のときに向けた孫のゆるぎない自信と受け留めた。「楽しみにしといてください」
(文中敬称略)
第41話 発想力
第41話
発想力
孫泰蔵(ガンホー・オンライン・エンターテイメント会長)の発想は兄正義譲り、ユニークで壮大である。
「アジアに、シリコンバレーとハリウッドを足したようなものを作りたい」。
上海、東京あるいは特定の場所というのではないのかもしれない。泰蔵が描くイメージは、20世紀初頭のパリのサロン。画家、詩人など多くの文化人が集まった。時代を動かしていく人材が集まり、作品やテクノロジーが生み出され、大きなうねりとなって世界に発信される場所。「自分もその中のひとりとして動きたい」。新しい時代を切り開いていきたい。それが泰蔵の夢なのだ。
シリコンバレーでは、ヤフーを始め多くのユニークな企業が生まれた。泰蔵は言う。「あの場所から新しいテクノロジーが生まれ、世の中の価値観が変わった」。エンターテイメントの世界でも同じようなことがハリウッドで起きた。「人々の熱い思いや価値観、情熱などが伝わっていく形で、第2、第3の孫正義が現れるかもしれない」
同じ志をもった人々が集うことができる「磁場のようなものを作りたい」と泰蔵は考えているのだ。
孫泰蔵のユニークな発想は野球にまで及んでいる。「ホークスのファンで、特に門田(博光)選手のホームランに憧れた」野球少年だった泰蔵は、むろんいまも熱心なホークス・ファンだ。ヤフーBBのライブ配信を楽しむだけでなく、「チャット」でもメッセージを送る。「ズレータ打てー!」「ようやった!」など。「熱くなっちゃいますね」という泰蔵。「野球をおもしろくするアイデアはいっぱいある」。たとえば、相撲の人気の取り組みには懸賞金が賭けられることがある。「それと同じことが、野球でもケータイを使ってできるのではないか」。ここぞという場面で、ファンがケータイで賞金を賭けられる仕組み。
<満塁。松中登場>
「1人100円程度でも、多くの人が集まれば大きな賞金になる」。バックスクリーンに懸賞金の額が表示される。これにはギャンブル性がなく、法的にも問題はない。100円に対する待ち受け画面への対価と考えられる。ファンも選手も熱くなれる。野球がますますおもしろくなる。
「こういった発想ができるのも兄貴(正義)がブロードバンドのインフラを普及させてくれたおかげです。ぼくらはその恩恵を受けている。兄貴に感謝しなくちゃね」。
孫泰蔵のユニークなアイデアが実現する日は、そう遠くないだろう。
(文中敬称略)
第40話 メディアビッグバン
第40話
メディアビッグバン
8月2日(火)。「1年を振り返ったときにポイントになる試合でしょう。これで嫌なムードもふきとんだ」(王監督)。2連敗中のホークスにとって価値ある勝利。「ビックバン」が起きた。6回、ズレータの逆転満塁ホームラン。「サムライのように最後までがんばります」。
いま、メディアの世界では「ビッグバン」が起きようとしている。
孫泰蔵(ガンホー・オンライン・エンターテイメント会長)は、近い将来に〈メディアビッグバン〉が起こると考えている。
金融ビッグバンは規制緩和によって起きたが、同じことがメディアの世界にも起きる。
「テクノロジーがメディアの枠組みを壊し、メディアの概念そのものも劇的に変化する」(孫泰蔵)
インターネットには、周波数による物理的な限界も、配信の規制もない。現在、トヨタは年間1100億円規模の広告宣伝費を使っている。これがブロードバンドを使って、ハイビジョン並みの高画質動画を自由に電送できるようになるとどうなるか。企業が自分たちで放送局を作ったほうが、安くて高品質なものができると考えるのは当然だろう。
そのことが明確化してくるのは2008年ぐらいだと、孫泰蔵は言うのだ。「もしぼくがトヨタの人間だとしたら、800億円も要りません。100億ぐらいで一瞬のうちに巨大なTV局を作ってみせます」
なぜかといえば、トヨタカップという全世界の20億人が見るイベントがある。「1年目は無料、2年目から有料にして、そのうち2億人から100円ずつ課金できたら、200億円になる。こういったことがいろんなレベルで起きる」
世界はすでにその方向に向かって動き始めている。米マクドナルドが年間の広告予算の半分をネットにすることに決めた。TVのCMはスキップされ、若者がTVを見る時間よりもネットに向かう時間のほうが長い。これから日本の多くの企業も追随していくにちがいない。「100年に1度の変革が放送の世界に訪れようとしています」(孫泰蔵)
8月3日(水)。孫オーナー以下が出席して、ソフトバンク本社の取締役会が初めてヤフードームで開かれた。「(球場で)役員会が開かれるのはとてもいいいこと。試合も見てもらえる。今日も勝ちます。最後にものを言うのは気力」(王監督)。試合は松中の2ラン。大村は2本のソロホームラン。和田は球団史に名を刻む3年連続2ケタ勝利をあげた。
(文中敬称略)
第39話 悔しさ
第39話
悔しさ
7月30日(土)。ロッテとの首位攻防戦。杉内がロッテを相手に本拠地のマウンドに登るのは、1年ぶりのことだ。「どうしても勝ちたかった」(杉内)。昨年の6月1日、ロッテを相手にKOされた悔しさにベンチを殴り、両手を骨折した。杉内は新しい自分に挑戦。自らの手で勝利を掴んだ。14勝、8回を零封で飾った。松中はプロ9年目で1000本安打を達成した。「(初安打のときと同じ)ドームで打てたのが嬉しい。日々、新たな気持ちで、やっていく」(松中)
7月31日(日)。新垣が先発。初回、ベニーがボールの判定をめぐって退場。その直後に新垣はロッテの猛攻に逢い、6点を奪われ、その後も立ち直れず5点を献上した。王監督の我慢もこれまでだった。「コントロールも悪かった。自分で調整しながらやっていくしかない。野球の神様がガツンとやった。本人がどう思うかどうか」。自らの道を切り拓いてきた指揮官の言葉は重い。悔しさをバネに新しい自分になれるかどうか。改過自新。
孫は小学生のときに、「大人になったら何になりたいか」と考えた。夢は4つあった。小学校の先生、画家、事業家、政治家。この4つの夢のどれかになりたいと思った。これらに共通している点はひとつだけある。「クリエイティビティ、創造力ということです」。
これらはそれぞれには関連性がないように感じられるかもしれないが、孫の中ではひとつだ。同じ学校の先生でも、孫がなりたかったのは中学や高校、大学の先生ではない。「真っ白なキャンパスの小学生に、何か人生観というか、人生の入り口を教えてみたいと思った」。
画家はクリエイティビティそのもの。孫は商売人になりたいと思ったことは一度もなく、天下国家を変えるような事業家になることを夢見た。「男が命をかけてやるのは事業家で、天下国家を変えてみたいと思った」。政治家はどうか? これも創造力の世界だと孫は考える。
「政治家も自らが志を立て、天下国家を変える、改革をするということができるならば、これは創造力を発揮できる世界だと思います」
孫は4つの夢の中のひとつを実現させ、革新的な事業家になった。
「いまでも志高く、天下国家のお役に立てればという気持ちは常に持ち続けています」
孫は同じ場所にとどまることを好まない。大きな夢に向かって突き進んでいく。どんどん進化する自分でありたいと強く願っている。
(文中敬称略)
第38話 師弟
第38話
師弟
孫泰蔵は、兄・正義を尊敬している。「父親のような存在でもあり、師でもある」。正義はアメリカ留学から一時帰国したときには、幼い弟にいつもお土産をどっさり買ってきた。太陽電池の電卓や英語の本、ミニチュアのロケットなど。泰蔵は大喜びでそれらの玩具で遊んだ。
「おもしろくて仕方がないから、キャーキャー言いながら遊んでいたんでしょうね。英語の本も意味がわからなくても、発音を兄に聞いたりして、知らないうちに覚えた」
すると兄は「おまえは天才だ!」と褒める。幼い子はさらに上達する。
兄の正義は言う。「電卓などで、弟には指先の感覚を覚えさえたかった」。
父母や兄たちから愛情いっぱいに育てられたが、自我に目覚めた泰蔵は思った。「兄は特別な才能をもった宇宙人だ。兄のようにはなれないから、ぼくなりの道を見つけなければいけない」
東京大学に進学後、ヤフーのジェリー・ヤンと意気投合した泰蔵は、独自の道を切り拓いていくことになった。
7月23日(土)。オールスター第2戦、6回。ジョー(城島)が球場をわかせた。巨人・工藤が投げた0-1からのカーブに城島は笑みを浮かべて「そりゃないよ」と言わんばかりに手招きをした。工藤はニヤツと笑って3球目、ストレートを投げこんだ。その一球を城島がフルスイングするとボールは左翼席に吸い込まれた。城島はガッツポーズをしながらグラウンドを一周、ヘルメットをとって工藤に最敬礼をした。「工藤さん、ごめんなさい。ありがとうございます」。
打撃は天性のものをもっていたが、捕手としては未熟だった城島を育てたのがダイエー時代の工藤だといっていい。城島のサインには一切首をヨコに振らず、打たれ続けた時期もある。なぜ、打たれたのか、工藤は理詰めで説明した。配球の奥深さを体得した城島は、いまや球界を代表するナンバーワン捕手に成長した。
ホームランを打った城島の笑顔、現役最年長で、直球140キロで真っ向勝負をした工藤。この師弟対決はすがすがしく、胸が熱くなった。歴史に残る名勝負となった。
7月26日(火)。対オリックス戦。先発は斉藤。
先制点を許したが、6回にバティスタのソロホームラン。7回、松中の34号、3ラン。5-3。斉藤は10勝。後半戦を勝利で飾った。
この日、宇宙飛行士・野口聡一らを乗せたスペースシャトルが打ち上げに成功した。新たな歴史の始まりである。
(文中敬称略)
第37話 真っ直ぐ
第37話
真っ直ぐ
7月15日(金)。9回、松中は西武・松坂から右翼ポール際に本塁打、サヨナラ勝ち。3本塁打を含む4安打でホークスの全得点を叩きだした。「(松坂)大輔の一番いいボール、直球を待ってました」(松中)。「直球を打たないといけないんだ」という王監督の檄に応えた価値ある一発だった。怪物・松坂を粉砕した。
7月16日(土)。野球には魔物が棲む。和田と西口の投げ合い。松中が全5打席出塁したが、打線のつながりに欠け、チームは11安打を放つが13残塁。この日、右肩痛のために城島がスタメンからはずれた。「(城島が)いるといないとでは大違い。いない人のことを言ってもしょうがない」王監督は渋い表情で語った。
7月17日(日)。新垣が44日ぶりに先発し、復調の兆しを見せた。5回、城島に代わってマスクをかぶった田口のタイムリーで逆転。9回、抑えの馬原が誤算。3点を奪われて逆転負け。「考えられないことが起こる。神様からガツンと言われたんだ。また、明日からやりますよ」(王監督)
7月18日(月)。年に一度の鷹の祭典。黒のシャツがファンにプレゼントされた。対楽天戦。星野がノックアウトされて3連敗。どちらのチームが首位を走っているかわからない。
7月19日(火)。エース杉内が登板。リードはするものの追加点が奪えず。そのいやなムードを払拭したのが6回、松中の本塁打。妻の誕生日に本塁打でプレゼントした。「今日は総力戦で勝ちにいく」(王監督。)8回裏、鳥越がスクイズを。1点追加で7-4と点差を広げ、馬原が締めた。「これで気分よくオールスターに入れる」(王監督)
前半戦を王監督は振り返る。「もちろん、完全優勝。5チームに勝ち越す。もっともっとホークスの野球をやる。貪欲に。勝てる試合は、これでもかこれでもかとやっていく」
ヤフードームでの5連戦。ハラハラドキドキ。勝敗に一喜一憂する。さぞや指揮官はたいへんなストレスだろうと思う。だが、百戦錬磨の王監督は違う。「私生活はとてもリラックスしている。(良いことも悪い結果も)引きずらない。過去、終わったことは考えない。今日が大切なんだ」
孫は言う。「20年、30年先を見すえているからこそ、今日に集中できる」日々の積み重ねが真っ直ぐに大きなゴールにつながっていることを、誰よりも強く感じている。
この日、横浜クルーン投手が日本プロ野球史上最速・夢の161キロを記録した。
(文中敬称略)
第36話 ふんどし
第36話
ふんどし
7月12日(火)。どんよりと曇った梅雨空。対日本ハム戦。東京ドーム。試合開始直前、カブレラがいつものように3塁ベースの後方で、ひとりストレッチをしていた。左翼の外野ではバティスタがスイングのチェックを何度も行い、目に付いた人工芝に落ちている小さなゴミを拾っている。試合は杉内の好投で始まった。川崎がダルビッシュから自身初の満塁本塁打を放ち、7回表で7-0。「今日は楽なゲームになる」(王監督)。誰しもがそう思っていた。だが、「野球は怖い」と王監督の言葉のとおり、7回裏に2点を返された。吉武に継投。このまま「ホールド」してくれるはずだったが、3点を奪われた。9回には2点を追加されて同点。10回、荒金の右翼線への決勝タイムリーで辛勝。8-7の試合はもっともおもしろい。「この試合を勝った意義は大きい」(王監督)。
この日ソフトバンクグループを挙げて応援、孫も観戦した。「追いつかれてハラハラドキドキしましたが、勝ててよかった。(観戦勝率は)10勝2敗の2ケタ白星です」
7月13日(水)。孫は早朝に福岡入りした。博多祇園山笠の集団山見せで孫は3番山笠・土居流の「台上がり」を務めた。「台上がり」は舁(か)き山(山車の一種)を担ぐ男たちを応援する役割で最高の名誉とされる。「ドキドキしています」。水法被に締め込み姿の孫はやや緊張した面持ち。孫は「舁き山」に上がり、「オイサー、オイサー」と掛け声を上げた。男たちは市内の1・5キロメートルを駆け抜けた。沿道からは「孫さんー!」と大きな拍手が起こった。「このお礼はホークス優勝で返したい」孫は笑顔で応えていた。
この夜、ホークスは日本ハム戦で集団山見せに負けない「迫力」を見せた。田之上は初回に2点を奪われたが、粘り強い投球で7回途中まで先発の役割を果たした。ベテラン田之上の踏んばりに打線も援護した。4回、ズレータがレフトスタンドに豪快な本塁打。「パナマウンガー!」のパフォーマンスも出た。同点で一気に活気づいた。ラッキーセブンの7回には川崎が2試合連続の2ランで勝ち越し。松中が「4番の仕事」で29号ソロ。8回にも鳥越の2点タイムリーで7-3と点差を広げた。最終回は馬原が3人で締めて2連勝。ホークスは両リーグ通じて60勝の一番乗り。ロッテとのゲーム差は5に広がった。だが、15日(金)からは西武との3連戦がある。「ふんどし」を締めてかからないといけない。
(文中敬称略)
第35話 誤 差
第35話
誤 差
7月9日(土)。和田、松坂の同級生対決は見ごたえのある投手戦で始まった。だが5回、西武カブレラの本塁打で2点をリードされる。ホークス打戦は松坂を捕らえきれない。7回にはさらに2点を奪われた。9回、2死満塁も生かせず。連勝は15でストップした「今年一番の出来でした」(松坂)。「連勝はいつかは止まる。明日からがんばればいい」(王監督)「今日は完封負けでしたね。今度はやっつけます」(松中)。
7月10日(日)。関東地方は梅雨の晴れ間、蒸し暑い日になった。昨夜の雪辱を果たし、気分もスキッといきたいところ。だが、先発星野は3回までに4本のアーチを浴びて6失点で降板。倉野も4失点。最終回にバティスタの本塁打で3点を返して、なおも満塁で粘りを見せたが、反撃もそれまで。10-4で西武に2連敗を喫した。「とにかく点の取られすぎ」(王監督)。熱帯夜の寝苦しい夜になった。天敵レオに何度もうなされた。
孫の物を見る尺度は常人とは違う。
「国体を最終目標にする柔道選手や水泳選手はいない。野球選手も同じでつねに上を見て練習している。世界をめざすべきだ」
目標を高いところに置いてきた。ホークスは世界一をめざしている。その前には日本一奪還がある。世界一に向ってホークスは突き進んでいる。間違いない。だが日々の戦いの中には勝ち負けがある。「2連敗? それは誤差の範囲内」と孫は言うだろう。「勝ったときの喜びがそれだけ大きいじゃないですか」
我々はデジタル情報革命の時代に生きている。ADSLの時代から光フィバーの時代に移っていく。「あるところから一気に光に行くでしょうね。オセロゲームみたいなものだ。重要なのは四隅の角をどうやったら先に取るか。打つ順番、押えるべき要所があるんです。それができれば一気に石の色が変わっていく」。戦略を間違えてはいけないと孫は言う。最初に真ん中の黒い石を置いたからといって自慢してもしょうがない。長期戦略に従って果敢に攻撃を仕掛けていけばいいのだ。日々の勝ち負けに一喜一憂をしない。確固たる信念のもとに行動をしていくことが肝心だ。
2007年には「クラブチャンピンによる世界一決定戦」が行われるだろう。
そのためにやるべきことは決まっている。
(文中敬称略)
第34話 七夕
第34話
七 夕
孫正義は弟・泰蔵に言った。「(アメリカに留学していたころ)おれは世界一勉強したと言い切れる」。睡眠時間の6時間は確保したが、残りの18時間は「すべて勉強した」。フロに入っているときも教科書を濡らさないようにビニールで覆い、歩きながら教科書を読んだ。「おまえもそのくらい勉強してみろ。自分を騙すことが一番難しいぞ。後から言い訳をするな。結果はいい。もうこれ以上できない、というところまでやってみろ」。泰蔵は兄の言葉に「クソー!」。おれだってと発奮した。1年間の猛勉強。結果、東大に合格。兄は弟に言った。「よう、やった」初めて兄は弟を褒めた。
泰蔵は決意した。「兄は常人じゃないですから、兄のようにはなれない。でも、ぼくなりの道をいかなきゃいかん」。泰蔵は今年3月、ガンホー・オンラインエンターテイメントを上場させた。「ようやったぞ。フロントランナーになった。新しく生み出した。価値がある」兄が褒めてくれた。受験に合格以来、2度目だ。「とことんやりぬいた」ことを兄は認めてくれた。願いはかなう。
7月4日(月)。この日から楽天との3連戦。松中の本塁打。代打井手の3ラン。だが、ゲームは振り出しに戻った。9回表、4点を取られ同点に。楽勝ムードから一変した。野球はドラマティックだ。新星・井手がヒットで出ると、バティスタがセンターの頭上を越える勝ち越し打。8-7。王監督は通算1100勝目。13連勝。「油断してはいけない。初心に帰れということを教えられた」(王監督)
7月5日(火)。九州地方は叩きつけるような激しい雨。この日、フリーエージェント(FA)の権利を取得した城島は爽やかだった。「福岡か自分の夢(大リーグ)かどちらかになる」。12勝目の杉内はお立ち台で懇願した。「ぼくはこの4年間城島さんにお世話になりっぱなし。来年もお世話になります」
7月6日(水)。3回裏の猛攻撃で8点を奪った。試合はこの回で決した。14-3の圧勝。プロ野球史上34年ぶりの15連勝。最多連勝記録は54年南海(現・ソフトバンク)と60年大毎(現・ロッテ)の18連勝。「15連勝は終わったことだ。2日休んで、(9日の)西武戦から再スタートのつもりでやる」(王監督)
7月7日(木)。七夕。天の川の両岸に別れて暮らす織り姫とひこ星。1年に1度、この日の夜に会うことができる。願いごとはかなう。<日本一奪還>。
(文中敬称略)