ホークスを世界一に! 孫正義の21世紀革命2005 -3ページ目

第33話 やりぬく!

第33話

やりぬく!

 7月2日(土)。前日から博多祇園山笠が始まった。ちなみに43年前の7月1日は、王選手が一本足打法を始めた日である。このとき王選手は、2打席目で本塁打を放った。

首位ホークスはオリックスと対戦した。初回の和田、ストライクが決まらず。いきなり1点を先制される。「セットポジションにしてからよくなった」(和田)。4回以降は安定した。同点の8回裏、バティスタが勝ち越し打を放つ。最後は馬原が締めて3-1。「和田の好投と大村のファインプレーに応えたかった」。7回表、阿部真が右中間に打った大きな打球を大村が攻守。お立ち台のバティスタはバンザイのあと、満面の笑顔で決めた。「チョー、ゴキゲン!」。ドミニカ生まれの男は暑さにも強い。

「新聞もTVも見ないで平常心でやっていく」(王監督)昨年6月以来の11連勝、40年ぶりの貯金30到達。指揮官に気負いはないが力強く宣言した。「ウチは2位に5ゲーム、いや10ゲーム差をつけるつもり」。お祭りは始まったばかりだ。遠くで小倉太鼓を叩く音が聞こえる。

 7月3日(日)。4回裏。花火が打ちあがった。松中がバックスクリーンに、城島はライナー、そしてズレータの本塁打。MJZの3連発!「チョップ、チョップ!パナマ運河」ズレータのパフォーマンスも出た。5回裏、オリックスに追いつかれたあと、松中が2打席連続の3ラン本塁打。ホークス40年ぶりの12連勝。「あとは松中だけ」と王監督が言っていた松中の復調は大きい。

勝負に対する取り組み方が、「根本的」に他球団とは違うのだ。「気を引き締めてやっていきます」松中の言葉はチーム全員の気持ちを代弁している。どこにもやりぬく覚悟ができている。

 孫泰蔵は名門・久留米大附設高を卒業したが、東大受験に失敗。地元福岡でバンドを結成、彼女もいる「楽しい浪人生活を送っていた」。

ある日、泰蔵は兄・正義から叱責を受けた。「このままでは負けグセがつく。世の中を斜に構え、どうせおれなんかという考えになる。それで人生嬉しいか。やりぬいてこれ以上やれないというとこまでやってみろ!」泰蔵は兄の言葉に「かちん」ときた。「おれだってできないことはない」。

上京して自炊生活。寝る時間以外は「誰とも口をきかずに徹底的に勉強した。ウツ状態になるほど」。勉強の仕方も兄から徹底的に指導を受けた。やがて全国模擬試験で2番。翌年、超難関の東大経済学部に合格した。

「じわーと涙が出てきた」やりぬいた男のみが味わうことができる感動だった。

(文中敬称略)

第32話 赤トンボ

第32話 

 

赤トンボ

 

 

 

 

 

 6月28日(火)。都心では正午前に6月としては観測史上最高の36・2度を記録した。熱帯夜。ロッテとの首位攻防の2連戦。試合はズレータの豪快な本塁打で先制したが、すぐに同点に追いつかれた。城島の本塁打で再びリード。だがまた同点に。6回表、バティスタのタイムリーで逆転に成功。途中、雨で中断。9回、絶好調のバティスタがとどめの一発。最後は守護神馬原が締めて6-2。ホークス9連勝。4月23日以来、約2か月ぶりに首位を奪回した。「首位? まだ1ゲーム差だ」指揮官は冷静である。

 6月29日(水)。マリーンスタジアム。ホークスのバッティング練習を見ていた指揮官の帽子にトンボが止まった。それに気づいたナインが声をかけた。微笑を浮かべながら歩いてきた監督に私は声をかけた。「いいことがありそうですね」珍しい光景である。監督は黙って頷いた。

 試合は首位攻防戦にふさわしいエキサイティングな場面の連続だった。

「暑さに強い中南米出身」の外国人選手が大活躍した。バティスタの一発で先制。同点にされると今度はパナマの大砲ズレータの特大アーチ。バックスクリーン左の壁を直撃した。3試合連続の25号。熱烈なロッテファンも一瞬、静寂した衝撃的な一打だ。3-3の5回、本間が今季1号のソロ。「まさか打つとは思わなかった」と指揮官がいう伏兵の価値ある一発。トンボが幸運を運んでくれたのだろうか。試合後、私は監督に「トンボが運んでくれましたね」と言った。「うん」監督は短く答えた。10連勝。6月を18勝3敗という驚異的な勝率で乗り切った王監督は、「やっとこれでロッテと負け数で並んだ。これからが後半戦のスタートだ」試合数が少ないロッテに負け数で上回る。勝負への執念である。

 

 

 孫も、勝負に対する執念は人一倍強い。

「おそらくこれは我が家の血筋でしょうね」というのは、孫家の末弟・孫泰蔵。「父も負けず嫌い。普段はおとなしくて温厚な長男も負けず嫌い。次男の正義は言うまでもありません。この3人でゴルフをやったことがあるんです。たいへんでした」

蚊帳の外の泰蔵は、半ば呆れ顔で激闘を見守っていたのだった。その泰蔵と正義がビリヤードで対戦したことがある。最初は泰蔵がリード。「うまいじゃあないか」と余裕を見せていた正義の顔色が変わり、一気に形勢が逆転。「勝負の流れを掴むのがとてもうまいんです」泰蔵は兄の勝負強さを認める。

(文中敬称略)

第31話 チーム

第31話

 

チーム

 

 

 

 

 

 6月24日(金)。日本ハムとの3連戦。和田が好投。6回に松中が59打席ぶりの24号勝ち越しの2ラン。5-4の接戦を制した。首位ロッテとのゲーム差は1に。初の6連勝。この日、会食した球団関係者は言った。「チームの雰囲気がとてもいい。この3連戦で一気に行きますよ」

 6月25日(土)。星野が好投。この日、ロッテが敗れたので、勝てば首位に並ぶ。新庄の一発で逆転される。たが、同点に追いついた。その後、再三のチャンスをものにできず延長に。11回裏、代打の井手が初球を打ってサヨナラ。6-5。7連勝。ロッテとのゲーム差は無しに。4時間50分の死闘を制した。夏の甲子園で活躍した日南学園出身の井手の笑顔が爽やかだった。

 6月26日(日)。暑い。この日、東京で観測史上もっとも早くアブラゼミが鳴いた。試合は松中、城島、ズレータのホームランで決まった。8連勝。ロッテも勝ったため、首位奪取にはならなかったが、豪快なホームラン攻勢。ホークスらしい勝利。運も味方した。7回、無死1塁。田中が強烈なライナーを放った。田之上の「出したグラブにすっぽり」入った。併殺。田之上は3年ぶりに本拠地での勝利を祝った。

 スポーツ、芸術、企業チームとしてもっとも「大きな仕事」を成し遂げるときの黄金の法則がある。実力のあるベテランに新人が加わる。いまのホークスがそうだ。強いはずである。

 

 

 

 ロッテのバレンタイン監督が言う。「ソフトバンクは大リーグと戦っても互角の戦いをする」

 知性派で、ときにアロガント(傲慢)といわれるほど自分の野球理論に自信をもっているバレンタイン監督も認めるホークスの実力である。

 ホークスとロッテに共通点がある。チームを支える「裏方」といわれる人たちをとても大切にする点である。スコアラー、バッティング投手、ブルペン捕手など。彼らは野球が本当に好きな人たちである。ともに「優勝を目指す」同志なのである。選手たちは「ライバル」でもある。そんなとき、心を許せる仲間が「裏方」の彼らなのである。

 球団関係者は言う。「大リーガーより、速い球を投げたり、遠くに飛ばす打力で劣っていたとしても、日本の野球は緻密で、技術力、チーム力で大リーグに勝っている」

 いよいよホークスとロッテの首位攻防の熱い戦いが始まる。大リーグに勝るとも劣らない感動的な試合の期待、いまからわくわくしている。

(文中敬称略)

第30話 ベンチャー

福岡ドーム

第30話


ベンチャー






 6月21日(火)。楽天戦。ホークスは初回に先制したものの、その裏にまさかの4失点。杉内の調子は悪い。気がもめた。だが、パナマの大砲ズレータがやってくれた。満塁ホームラン。先日、彼が見舞った病院の子どもたちの願いが通じたのだろう。この1発で流れは大きく変わった。杉内はリズムを掴み、打線も爆発。終わってみれば10-4の大勝。杉内は10勝目。この日、ロッテが敗れてゲーム差が2・5に。高温多湿。憂鬱な気分が少し晴れた。

 6月22日(水)。なかなかチャンスをものにできないホークス。このゲームも楽天に先行される。6回に城島の2ランなどで逆転に成功。だが、6回裏に楽天に1点を返されて、斉藤は降板。満塁のピンチを吉武が踏ん張った。しかし、その後もピンチに続くピンチ。からくも5-4で逃げ切った。「楽天に負けたら罰金もの」ファンの声が届いたのか。いや、選手はむしろ楽天にチャレンジする気持ちで戦っているのだ。




「エンゼル110番」、「子ども110番」など、世界初の電話相談サービスを生み出した“ベンチャーの母“今野由梨(ダイヤル・サービス社長)は古くから孫を知る。

「孫さんの頭のよさはいうまでもありませんが、もっと凄いのはちょっとやそっとでも諦めない、へこたれないチャレンジ精神です。日本が世界に誇れる希有な事業家ですね」

 孫はどんな窮地のときも弱音を吐くことがない。それは両親の影響が大きい。今野は言う。「同年齢の女性として、とりわけお母様は類まれな教育者として尊敬しています。けっして否定的な言葉を吐かないで、子どもたちを育ててきました。弟さんの孫泰蔵(ガンホー・オンライン・エンターテイメント会長)さんもそうです。とても礼儀正しくて、大らかで、それでいてビジネスができる。すばらしいご両親があってこその孫正義・泰蔵さんご兄弟なのだと思います」

 今野も、日本の女性起業家のパイオニアとしてチャレンジ精神は誰にも負けない。「私もこれからが本番です。チャレンジを続けます」




 この日、ロッテは日本ハムに2連敗。ホークスは今季4度目の5連勝。ついにロッテとのゲーム差が1・5に縮まった。首位が射程距離に入った。

 斉藤は無傷の7勝目。「ほんとうの勝負はこれから。我々は厳しい練習をしてきてますから」王監督の言葉が響いた。「けっして諦めない」チャレンジ精神が道を切り拓いていく。

(文中敬称略)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第29話 エネルギーの爆発

第29話

 

エネルギーの爆発

 

 

 

 

 

 学生時代、孫は試験が待ちどおしくて仕方がなかった。

「嬉しいな。嬉しいな!」

 東京農業大学の応援団員が大根を両手にもって踊る“大根踊り”を真似て、“試験踊り“をやった。

「自分がやった勉強の成果を試したくて、うずうずしていた」

 高熱にうなされながら勉強したこともある。勉強そのものが楽しかった。

「最初は霧の中、手探り状態だったが、自分なりの勉強をして感覚を掴めてきた。おれはできるという感覚を掴めた。それを試したい」

 もう、だめだと孫は思ったことはなかったのか。「いっぱいある。あるけれども、その中からチャレンジして、昨日よりはよくなったぞと思う。一昨日のおれと比べるな。今日のおれは別人だぞ。おれは進化しているんだ」。新しい自分に生まれ変わりたい、進化したいと孫は考えてきた。「ただ何も考えないで、同じことを繰り返すのはぼくにはとてもつまらないことなのです」

 

 

 

 交流戦、ホークスは存在感を見せつけた。エースの好投。強力打線の爆発。ベンチで指揮をとる王監督は全身で感情を表現した。大きく拳を突き上げる。鬼の形相に変わる。選手に満面の笑顔と拍手で喝采を送る。百面相といわれる王監督は言う。「ぼくは感情が出てしまうんですね。それがなくなったらお仕舞いだと思っています。命を賭けて戦っていますからね」

 世界の王はつねに「さらに」上を目指して進化してきた。瞬間瞬間に命を賭けてきた。一球入魂。言うは易し、行うは難し。

「ほんとうに、もがいて上を目指して実行したものだけが残る」王監督の言葉は迫力がある。

 

 

 

 6月18日(土)。私は東京・青山スパイラルホールで行われた「岡本敏子と語る広場」に参列した。岡本太郎のパートナーだった敏子女史の生き様は強烈で自由だった。「自分自身にうち勝ち、生き甲斐をつらぬくこと、それが美しいのだ」(『岡本太郎の眼』)。芸術家の枠をとびこえて、太郎は瞬間瞬間を「爆発」させてきた。

孫もまた、「つねにぶち壊してみる。全力でぶつかってまったく新しいものを作る。自分自身も生まれ変わる」と言う。

 明確な目標がエネルギーを爆発させる。ホークスには明確な目標がある。「日本一奪還」その先には「世界一」がある。その目標に向って、選手一人ひとりが進化し続けている。

(文中敬称略)

第28話 虹を掴む

第28話

 

虹を掴む

 

 

 

 

 

 6月14日(火)。杉内好投。ロッテの交流戦「単独」優勝にマッタをかけた。この日、負ければ交流戦の首位が消える。杉内は投げれば投げるほどよくなっていった。無四球完投で9勝目。ロッテが勝ち、ホークスの単独1位は消えたが、あとはホークスが連勝、ロッテが連敗すれば同率首位。

 6月15日(水)。斉藤が6勝目をあげた。井手がプロ初本塁打、6回のチャンスにも打ち、勝利に大きく貢献した。「同期のおかわりくん(西武・中村)に負けないようにがんばろうと思った」。笑顔がよかった。「シンドかった」(王監督)。ロッテはヤクルトに4-1で敗れた。

 6月16日(木)。ロッテ対ヤクルト戦は雨で順延。「勝たなければどうしようもない」(王監督)。負ければ同率首位は消えてしまう。星野の好投。フェリシアーノがピンチを救い、川崎がファインプレーと猛打賞。ホークスは3連勝。ロッテとのゲーム差も3と縮まる。同率首位の可能性が出てきた。

 

 

 

 孫は虹を追いかけるのが好きだった。小学校のころ、学校の授業が終わるとすぐにカバンを教室に置いて、友だちを誘った。「虹を追いかけよう! 探しに行くぞ」。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。7色の橋がかかる。「あれはどこから出てくるんだろう?」。孫は不思議で仕方がなかった。「掴まえにいこう」。孫は友だちと裏山に登った。

「あっちの方だ」「もう少しだ」「大きく見えてきた。綺麗だなあー」。眼の前に広がる大きな虹。ときには途中で消えてしまい、悔しい思いをしたこともあった。

「いまも私は虹を追いかけているのかもしれませんね。それが楽しくて仕方がないんです。虹をどこまでも追いかけていく。人生も事業も、同じかもしれません。虹を掴むまでどこまでも追いかけ続ける」。

「虹」を掴むそのことよりも、「掴みたい」と強く願って、それに向かって一直線に進んでいくことが大切なのだと孫は思う。「追いかけるときのわくわくする感動。その感動を味わいたい。ぼくは最後まで諦めません」

 6月17日(金)。ヤクルト対ロッテの6回戦。緊迫したゲーム展開。先制したのはヤクルトだが、ロッテはホームラン攻勢で逆転、圧倒的な強さを見せつけた。5-1。ロッテが「ガチンコ」勝負を制し、交流戦単独首位が決定した。

 

 

 

 パ・リーグ後半戦。いよいよ虹を掴むホークスの戦いが始まる。

(文中敬称略)


第27話 熱情

第27話



熱 情






 6月12日(日)。スワローズを3タテ、5連勝。ロッテとの差をいっきに詰めたいところ。だが、ホークスは5-1で敗れた。一方、ロッテの勢いは止まらない。梅雨の晴れ間。空は曇っていて、気分は落ち込んだ。



 

 試合後、私は音楽を聴いた。天野紀子のバイオリンである。「炎のジプシーバイオリニスト」といわれる天野の演奏を聴くのは初めてだった。最初の曲『ジェラシー』(ガーデ)を聴いて、体の芯が熱くなった。震えた。衝撃を受けたのだ。『黒い瞳』(ロシア民謡)、『コロマイキ』(トラッド)、そして『二つのギター』、『赤いサラファン』、『百万本のバラ』、『スパニッシュダンス』(ファリャ)。これまで何度も聴いた『チゴイネルワイゼン』(サラサーテ)も天野の演奏は別物だ。魂の叫び。『愛は限りなく』(モドーニョ)『チャールダーシュ』(モンティー)など。小柄な天野が発するバイオリンの音が弾けていた。




 感動は感動を呼ぶ。企業家大賞受賞講演の孫の言葉が蘇ってきた。

「もうダメかダメかといわれてきて、しぶとく生きてきた」。孫は自分に挑戦してきた。これまで900社以上に投資をして100社が淘汰され、800社になった。「これらの会社はソフトバンクがミルク補給をしなくていい会社。800社が勝手に生き残っていける」。羊の集団ではなくて狼の集団。意志決定能力が強い集団だ。
 デジタル情報社会、ネットカンパニーを作るには大きな資本はいらないし、10坪あれば立派な会社ができる。しかし、つねにスピードと熾烈な戦いに晒される。「退却戦をしないリーダーは国を滅ぼすんです。退却することは(攻撃の)10倍以上の勇気がいる。ほんとうに自信がないとできない。心に自信があるからできる。次のチャンスがあることを知っているからできるんです」

 しかし、つねにどこまで失敗しても生き延びられるかを考える。「自分の体のどこまでとられても生きられるか。トカゲの尻尾切りではないが、3割。3割なら充分に失敗を取り戻せる。5000社を作るには4200回は攻め、800回ぐらいは退却」

 孫は本音で結んだ。「(もし、評価していただけるなら)一番嬉しい評価は、おびただしい戦いをして生き延びてきた事業家だということです。これからも私はチャレンジし続けます。退却をおそれず、攻める」




 炎のような「熱情」が人の感動を呼ぶ。

 (文中敬称略)



第26話 根拠

第26話


根 拠






 6月10日(金)。孫は企業家倶楽部主催の「この1年で最もめざましい活躍をした優れた企業家に贈られる」企業家賞を受賞し、本年度の企業家大賞に輝いた。「日本のブロードバンド環境を一気に進展させ、世界一のブロードバンド大国にした。福岡ソフトバンクホークスを誕生させるなど、壮大な構想を実践している」。受賞理由である。

 孫は「デジタル情報革命の未来!」と題して記念講演を行った。

「インターネットはすべての電話、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などを包含する。あらゆるブロードバンド市場の中の一部となり、人びとのライフスタイルを変えていく」

 商品にはブーム商品とライフスタイル商品の2つがある。ブーム商品は一瞬のうちに消えていく。だが、ライフスタイル商品であるブロードバンドは違う。「ライフスタイル商品は、徐々に(人々への浸透度が)上がっていくが、いったん上がると2度と下がらない。上がって上がっていく。ブロードバンドのインフラでライフスタイルが変わる。人びとの生き様が変わる」

 いまが、まさにその転換期であり、100年に1度の大きなチャンスを迎えている。ブロードバンドはもっとも短期間で(実質3年間)5割の普及率を越えた。「ブロードバンドは2度と下がらない。まさにこれからが大きなチャンス。すべてを呑み込んでいく」

 あらゆるビジネスがブロードバンドによって大きく変わる。「いまが革命期なんです」

 

  10年前、ソフトバンクグループは10社。そのとき孫は社員に言った。

「これから10~20年のうちに1000社にしたい」

「そんな無茶な。根拠はあるんですか?」

 社員だけでなく周囲の誰もが訝った。本気にしなかった。だが、孫は答えた。「そうするんだということが根拠だ」。

 10年後の今日、グループ会社は800社。ほぼ、孫の言ったとおりになっている。

「これから20~30年で5000社にしたい。それぞれが独立した存在で、自らが考えてビジネスモデルを構築していく」

 お互いに刺激しあう会社や組織のあり方は300年といった長い単位で考えればむしろ効率がいい。

「知恵の力がものをいう時代だ。これからは自我の強い、ちーと変わった、頭のいい変な人種がのびていく」。「こうしたいという大きな志が動かす」。孫は言う。「100年に1回、勝負しなければならないときがある」。

まさにいまが、そのときだ。



 ホークス3連勝。

(文中敬称略)

 

第25話 気迫がある

 

第25話

 

気迫がある

 

 

 

 

 

 6月3日(金)。公式戦、観戦したゲームで8勝1敗と「抜群の勝率」の孫が東京ドームに応援に駆けつけた。この日、ソフトバンクグループの一体感を高めるためにと、新入社員800名を動員して必勝態勢を整えた。だが、2-3で巨人に敗れた。城島とズレータのソロホームラン。「ギリギリまでがんばって、いい試合だったんですけれどね」。4月2日ロッテ戦から続いていた孫の「連勝」も6でストップした。

 この試合、1軍登録されたばかりの馬原が7回2死2塁から登板した。迫力ある投球で無失点に抑えた。

 6月4日(土)。和田が10三振を奪う好投をみせた。松中の23号ソロ、バティスタの2ラン。稲嶺の好打。この試合も馬原の投球が印象に残った。開幕からローテーション入りしたが、不調で2軍落ちしていた。「いまは与えられたところで全力をつくすだけです」。150キロの直球には力があり、打者にはそれ以上に速く感じられた。

 6月5日(日)。ケガから立ち直った田之上が力投した。6回1失点で、2年ぶりの勝利を飾った。「田之上さんに勝ち星をプレゼントしたい」ナインが一丸となっていた。救援の馬原は3夜連続の無失点。

 城島が走った。9回表、無死2塁。ズレータが敬遠中に2塁走者の城島が3盗を決めたのだ。その瞬間、私も思わず「あっ!」と声をあげた。まさかの城島の盗塁だった。巨人バッテリーはまったく無警戒だった。すべてにホークスの気迫が勝っていた。勝負に対する執念が違うのだ。

 

 

「あの日の孫社長の気迫のある顔はいまでも忘れません」ソフトバンクの幹部社員は言う。1987年7月、孫は創刊号雑誌のインタビューでビル・ゲイツと会うことになっていた。

「気力で負けてはいけない」。マイクロソフト本社のあるシアトルに飛ぶ機内で孫は隣の席に座った社員に言った。「ポーカーをやろう!」。まだ事情が掴めないでいる社員を見ながら、孫は新聞紙を切り裂いて数字を書いた。

 特製のトランプで孫は飛行機が着陸する寸前までゲームを続けた。孫は自らの気持ちを高めていったのだ。ゲイツとのインタビューには気迫がそなわっていた。それ以後、孫とゲイツとの長い親交が始まることになる。

「ただ、負けることが嫌いなだけです」孫は言った。

 

 

 初夏。紫や白の鮮やかなハナショウブが咲きだした。

(文中敬称略)


第24話 猛将


第24話


猛将





 王監督は固い決意で甲子園に乗り込んだ。

「(阪神戦は)絶対に3連勝するつもりでやる。勝ち越せばいいというのではダメだ」。オールスター後にやってくるロッテとの直接対決をものにして優勝するためには、その差を確実に詰めておきたい。「ロッテとの負け数の差は6個(ロッテ15敗。ホークス21敗)。早く2個ぐらいにしたい」。指揮官はいつになく厳しい口調で語った。

 5月31日(火)。杉内が阪神打線を今季最小の散発2安打の完封。3塁すら踏ませず、リーグトップの8勝目をあげた。2-0で快勝。

 6月1日(水)。打線が爆発。ズレータ2本。松中の2ランで勝負を決めた。斎藤5勝。12-5。

 6月2日(木)。王監督の勝負に賭ける執念は凄まじいものがあった。投手7人を投入。「なんとしても勝つ」。城島通算200号で引き離した。9-7。同一カード3連勝は今季4度目。ロッテとの負け数も5と縮めた。猛将の下に弱兵なし。




 孫もまた猛将であることに異論を挟むものは、誰もいないだろう。いま、孫は巨人NTTに猛然と戦いを挑んでいる。光ファイバー網をもつNTTに勝利できるのか。

 だが、孫にとっては光ファイバーもADSLも無線も固定電話も方法論にすぎない。状況によって柔軟に対応すればいい。

「NTTはパイプ屋さん。大事なのはパイプに何を流すかなんです。知識と知恵。コンテンツとサービス」

 ソフトバンクは創業1日目から、社名がそうであるようにソフトにこだわり続けてきた。ソフトを流す手段としてのインフラがあるが、日本の通信は先進国の中でいちばんスピードが遅くてコストが高かった。そこで孫はあらゆる規制と不公平に命がけで戦いを挑んだ。ADSL(ヤフーBB)で通信に参入した。結果、ブロードバンドが飛躍的に進化し、日本は世界一速くて、世界一安くなった。

 5月30日(月)。ソフトバンクは総務省より、1・7GHz帯W-CDMA実験局の本免許を取得。携帯事業に参入する。孫の描くケータイとは? テレビ、電話、ゲームがすべてIP上に載る。「世界でもっとも革新的なブロードバンドIP携帯電話」。




ソフトバンクの幹部社員は言う。「孫社長は太陽みたいな人ですね」。

さらに幹部社員は語る。「その猛烈なエネルギーを受け留めようと、必死になって努力してきました。相手に気持ちで負けない。ビジネスの世界でもスポーツでも同じ。そのエネルギーを受け留めるには、つねに気力・体力を充実させないといけない。我々も必死で戦っています」。猛将の下で兵は鍛えられていく。

(文中敬称略)